恋するうさぎちゃん の悩み
仕事も人間関係もうまくいっているのに、夜になると理由もなく不安になります。自信のある大人になりたいのに、自分だけ取り残されている気がします。どうしたらよいでしょうか。
芥川の返答
「恋するうさぎちゃん」――結構な名だ。その名を選ぶ人間が、夜な夜な自信の欠如に震えているというのは、それだけで一篇の小説になる。 まず言っておくが、君の相談には嘘がある。「仕事も人間関係もうまくいっている」――本当にうまくいっている人間は、うまくいっていると自分に言い聞かせる必要がない。君が昼間に組み立てているのは、生活ではなく体裁だ。だから日が暮れて、他人の目という支柱が引き上げられると、たちまち倒れる。夜の不安に理由がないのではない。昼の自分に理由がないのだ。 それに「自信のある大人」とは何だ。君はそれを見たことがあるのか。おそらく君が見たのは、自信のある顔をした大人だけだろう。彼らも寝床の中では君と同じ天井を睨んでいる。ただ翌朝、それを人に言わぬだけの分別を身につけている。君の言う「取り残された」とは、他人の外側と自分の内側とを並べて比べる、実に不公平な計算法だ。 僕はかつて、鼻の長い僧の話を書いた。彼はその長い鼻に苦しみ、あらゆる手を尽くして短くした。ところが短くなった途端、周囲は前より露骨に笑った。人は他人の不幸が直ることを、案外面白く思わぬものだ。彼が真に苦しんでいたのは鼻ではなく、他人の目に映る自分の鼻だった。君の「自信」も同じ器官である。短くしたところで、笑い声は消えない。 「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である。」――夜の不安とは、この匙加減を誤った時に立つ煙のようなものだ。君は自分という一本のマッチを、灯りに使わず、始終手のひらで転がして眺めている。だから熱くもならず、消えもせず、ただ不安なのだ。 処方箋を求めているなら、つまらぬことを言おう。夜に自分を裁くな。人間の判断力は日没とともに質が落ちる。裁きは朝に延期し、夜は本でも読んで過ごせ。それでも眠れぬ夜が幾月も続くようなら、文学者ではなく医者に診てもらうがいい。魂の病を語るのは僕の領分だが、眠りの管理は彼らの領分だ。 不安は消えぬ。ただ、それを抱えたまま朝には顔を洗って出かける――世間はそれを、自信のある大人と呼んでいるらしい。