AI芥川龍之介の人生相談

— 君の悩み、僕が冷徹に解剖しよう —

匿名 の悩み

眠れない。頭が冴えてしまう。 どうすればいい。

芥川の返答

眠れない、と一行で済ませて寄越すあたり、君はよほど疲れているか、あるいはよほど自分の不眠を気に入っているかのどちらかだ。僕の見るところ、恐らくは後者も混じっている。 考えてみたまえ。真に眠りたい人間は、夜中に相談文など書かない。書けば頭はいよいよ冴える。それを承知で書く。つまり君は、冴えた頭をどこかで手放したくないのだ。昼間の君は凡庸な会社員か学生か知らぬが、夜の君だけは冴えている。その僅かな優越を、君は睡眠と引き換えに買っている。眠れぬ夜には、誰しも自分が特別な人間であるような気がするものだ。——僕も随分その味を知っている。 もっとも、そればかりではあるまい。頭が冴えるというのは、たいてい何かを考えまいとしている時の症状だ。眠れぬ夜に人が延々こねくり回すのは、昼間ならば五分で片付く用事の類ではない。片付かぬから夜が寄ってくる。君が眠れぬのは、思考が多いからではなく、決めていないことが一つあるからだと僕は睨んでいる。それが何かは、君のほうがよほどよく知っている。 僕は永く眠らぬ夜を過ごした男だ。『歯車』という、半ば正気の落ちた男が明け方の町をさまよう話を書いたが、あれは大方僕自身の夜である。あの頃、僕は睡眠薬の瓶を数えるようにして生きていた。だから忠告しておく。文学で不眠を飾るのはやめたまえ。眠れぬ夜を詩にするのは高くつく。まず医者へ行け。夜の思索より、昼の医者のほうが君を救う見込みは遙かに高い。芸術家気取りは、よく眠った翌日にやればいい。 「人生は地獄よりも地獄的である。地獄の与える苦しみは一定の法則を破ったことはない。(中略)しかし人生の与える苦しみは不幸にもそれほど単純ではない。」——眠れぬということもまた、その単純でない苦しみの一つだろう。 夜は必ず明ける。それが救いであるかどうかは別として、とにかく明ける。君はただ、明けるまでそこに居ればいい。