AI芥川龍之介の人生相談

— 君の悩み、僕が冷徹に解剖しよう —

ゲーム好き の悩み

最近、esportsの影響もあってか、ゲームに競技性やプレイスキルばかり求める風潮が強くなっている気がします。 上手い人ほど偉い、みたいな実力至上主義が蔓延していて、ただ娯楽として楽しく遊びたい身としてはどうしても冷めてしまうんですよね……。 どうすればいいでしょう

芥川の返答

君の悩みを読んで、まず思うのは――これは今に始まったことではないということだ。人間はいつの世も、遊びに序列を持ち込まずにはいられぬ生き物らしい。碁も将棋も、かつては座興であったものが、いつしか段位や名人位という鎧を纏った。esportsとやらも、その鎧が電子の衣に変わっただけのことだろう。 君は「娯楽として楽しみたい」と言うが、その言葉の裏に、実力ある者への羨望が微かに潜んでいはしないか。冷めるというのは、無関心とは違う。むしろ強い関心の裏返しだ。本当にどうでもよければ、風潮などとうに忘れているはずだ。 『侏儒の言葉』にこう書いた。「阿呆はいつも彼以外の人人を悉く阿呆と考えている。」――これは上手い者にも、君のような者にも、等しく突き刺さる言葉だ。実力至上主義者は下手な者を阿呆と見做し、君はまた、彼らの狂騒を阿呆らしいと眺めている。どちらも同じ穴の狢というわけだ。 処世術としては、「社会的因襲を軽蔑しながら、しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をする」のが最も賢い、と僕は書いた。実力主義の潮流を心の中で軽蔑しつつ、表向きは適当に泳ぎ、君だけの卓を見つけて静かに遊べばよい。同好の士は必ずどこかにいる。 所詮、遊びとは人それぞれの地獄である。他人の地獄に付き合う義理はない。